今回は、大きく考えることについての私の信念をお伝えします。私たちが描くビジョンが認識をコントロールし、認識したことが現実になります。できるはずのことがわからなくなってしまう固定概念に捕らわれないこと。固定概念を断ち切り、自分の信じている大切なことに向かって進んで行きましょう。大きく考えるのです。
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今回は、大きく考えることについての私の信念をお伝えします。私たちが描くビジョンが認識をコントロールし、認識したことが現実になります。できるはずのことがわからなくなってしまう固定概念に捕らわれないこと。固定概念を断ち切り、自分の信じている大切なことに向かって進んで行きましょう。大きく考えるのです。
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岡田 さえさん
BNI くらわんかっ!
(大阪北東)
絵本作家 絵本販売
岡田さえさんは、BNIくらわんかっ!(大阪北東)で絵本作家・絵本販売として活動している。BNIくらわんかっ!は100名を超える大きいチャプターだ。そのなかで、岡田さんは20期のプレジデントとして活躍しながら、2022年のビデオコンテストでも優秀賞を受賞している。しかし、岡田さんのBNIの活動、これまでの人生は、決してスムーズなものではなかった。今回は、岡田さんのこれまでの経歴について紹介していこう。
岡田さんは、決して良い環境とは言えない中で幼い頃を過ごした。家庭環境が複雑で、父親はアルコールに依存していたのだ。「こんな家にはいられない」と思った岡田さんは、15歳で家出をする。沢山の人に支えられながら生きてこられたものの、中卒で就職ができないという理由で自営業をすることに。そんななかで結婚をして出産という幸せを掴むものの、早い時期にパートナーを亡くしてしまう。そして今度はシングルマザーとして子育てをするために、イベント企画やお店、美容関係など、さまざまな仕事に携わる。目まぐるしい人生に、休む暇もなかったのではないだろうか。そして、33歳の頃、青年会議所と出会い、今の人生につながっていく。自身の苦労した経験を踏まえ「人の役に立ちたい」と講演をするようになったのだ。その活動を続けるなかで、さらに人生を大きく左右する1枚の写真と出会う。ラオスで暮らす人の笑顔の写真だ。「この笑顔を実際に自分の目で見たい」と感じた岡田さんは、実際に現地へと向かった。そのなかで見たものは、貧困な国のなかで、自分でおもちゃを作ったり水を汲んだりしながら、それでも笑顔でいる子ども達だった。岡田さんは「生きる力、幸せとはこういうことなんだろう」と感じた。それから「ラオスからの手紙」というテーマで講演を始め、自分がいなくてもこの話が伝わっていくようにと一作目の絵本「いのちのおはなし」を出版した。
岡田さんがBNIに入会して最初に衝撃を受けたのは、メンバーの出席率だ。同じようなビジネスの会でも、100%メンバーが出席している会というのは、これまでに経験したことがなかった。そこでBNIという組織の凄さを感じるも、入会当初からスムーズにBNI活動を行えていたわけではない。オンラインによるハードルやトレーニングなど「こんなのできない」と思ったこともある。そこで支えてくれたのが、メンバーだった。「できるようになるまで一緒にやる」というスタンスで、メンバーが常に支えてくれたのだ。さらに、メンバーが真剣になって怒ってくれたこともあったのだという。このメンバーの向き合い方が、岡田さんのBNIへ取り組む姿勢を変えた。その結果、岡田さんの努力や頑張りが認められ、評価してもらえるようになる。「学歴がなくてもやることをやれば評価してもらえる」学歴にコンプレックスを感じていた岡田さんにとって、努力した分評価してもらえるBNIは、喜びを感じられる場所となっていったのだ。そんなメンバーのいる場所だからこそ、みんなの役に立ちたいという想いも強くなっていった。
岡田さんがBNIに入会して最も変化を感じられたのは、ビジネスよりも自分のあり方だ。BNIに入会し、プレジデントという役職になってからはとくに、自分の悪い部分にも気づけるようになった。もちろんメンバーからの不満も受け入れなければいけない。しかし、その不満を生み出しているのも、たとえBNIでリファーラルが受けられなかったとしても、その状況を作り出しているのはすべて自分なのだと岡田さんは考えている。さらにBNIのメリットとして感じているのは、BNIの文化である「1to1」。BNIのメンバー同士で1to1の申し込みをすれば、事業規模に関係なく、無料で話す時間がもらえる、これを岡田さんは「1to1は魔法の言葉」だと語った。また、このようなシステムがあることに感謝しなければいけないと「感謝を忘れたらすべてが崩壊する。うまくいっていないときは感謝を忘れている」と語った。
岡田さんは、応援すること、誰かの幸せを作ることを常に考えている。岡田さんにとってのかっこいい人とは、挑戦する人を応援する人だという。「人が喜んでいる姿を見るのが幸せ」という人をもっと作っていくことが、岡田さんの一つの目標だ。今後のチャプターについては「世界一満足度の高いチャプター」が目標である。しかし、自分自身が満足するのではなく、頑張っている人が「やって良かった」と思えるチャプターを作ることが目標なのだ。
このように、岡田さんの行動指針には、常に「誰かのため」「誰かの応援」が必ずある。自分が誰のために何ができるのか。この岡田さんの考えこそ、BNIの本来の姿と言えるだろう。
文=名城政也
SDGsへの取り組みは、我々経営者にとって一つの課題である。しかし、ただSDGs17のゴールに関連する取り組みを行っているだけで、本当の意味でSDGsに貢献していると言えるのだろうか。
そこで今回は、8月18日ビジネスブースタープログラムで行われた「SDGsの先にあるビジョンとは」の内容を紹介していこう。
今回SDGsについて語ってくださったのは、公益社団法人日本青年会議所 社会グループビジョナリーシティ会議 議長を務める花田 将司(はなだ・まさし)さん(以下:花田さん)。花田さんは現在いなほ化工株式会社の代表取締役社長を務めながら、公益社団法人日本青年会議所 社会グループビジョナリーシティ会議 議長の要職も務められている。
いなほ化工株式会社では、農業資材などの開発を行っており、農業と関わる観点からも、花田さんはSDGsと切っては切れない関係と言え、実際にSDGsを意識した取り組みも行っている。
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【北海道にBNIリージョンが誕生!】
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文=国場みの
平野 貴広さん
BNI RISE
(仙台)
カテゴリー:クラブ
2002年8月8日に有限会社ライズ・プロジェクトを設立し、現在は「クラブ エヴァー」を運営。仙台でBNIの立ち上げが始まると聞き、2021年7月「すし居酒屋 龍」をオープン。2022年3月には、RISEメンバーと共同で「買取り!カーマッチ仙台青葉店」を出店。第1期対面イベント委員としてメンバーの親睦を深めるイベントを企画。
BNIに出会って「人生が変わった」と話すメンバーは数多く存在する。
BNIはビジネスのやり方を変えてお互いのビジネスの発展を支援する場所でありつつも、それ以外の変化が起きるのだ。2022年1月に発足した仙台のチャプター「RISE」の平野貴広さんもそのひとりだ。今回は、「BNIを通じて仙台を盛り上げたい」と語る平野貴広さんの「マイBNIストーリー」をお届けする。
平野さんは、BNIがオンラインで開催されるよりも前に千葉のチャプターの定例ミーティングにビジター参加し、「BNIにひと目惚れ」した。その場で地元の仙台にて加入しようとしたが、当時は仙台にBNIが上陸していなかった。諦めきれなかった平野さんは、「仙台にBNIができたら真っ先に知らせてほしい」と、誘ってくれた知人に約束を取り付ける。
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BNI財団は、BNI創立者であるアイヴァン・マイズナーと故ベス・マイズナーが1998年に設立。日本では2015年7月17日に、一般財団法人BNI財団ジャパンとして設立された。
「子どもたちに、より充実した人生を送るための力を与えること」を理念に、将来を担う子どもたちのために支援活動を行っている。その他、国内外の災害発生に対して被災した地域の復興支援も行っている。
今回は、2022年7月21日のビジネスブースタープログラム「BNI財団ジャパン活動紹介 – 7周年目を迎えて – 」BNI財団ジャパン大野佳子代表理事が語る中から、いくつかの活動について触れていく。
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事業家たちは、ビジネスを拡大し自社の目標を達成するためには、より多くの顧客を獲得することが必要であることを理解しています。新規顧客を獲得するための最善策のひとつが、人脈の中から生まれるリファーラルです。リファーラルを受けるために効果的な方法は、あなたがターゲットとしたい市場で、課題解決ができる人として頼れる存在になることです。
私とグラハム・ワイミラー、ロバート・スクロブ、3人の共著『The Connector Effect』の中から、理想的な顧客を引き寄せる方法をミニ講座の形で紹介します。
さっそく始めましょう。このワークには3つのパートがあり、最善の結果を得るためには、3つすべてを完了する必要があります。2分以内に、これらの質問または要求に対しそれぞれ回答を書き留めてください。深く考えすぎず、ライトニングラウンド(稲妻のように数秒で回答するスピードクイズ)のように瞬間的に考えをまとめて回答することで、より多くの答えが引き出せるはずです。
多くのマーケター志望者が失敗するのは、ターゲットとなる顧客はどういう人なのかを明確にせず、「みんな」、「誰でも」といった表現を使うからです。ターゲットとする市場を明確にすることで、自分が描くベストな顧客イメージをリファーラルパートナーに伝えることができます。
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菱川 陽亮さん
BNI NextNeo
(大阪北西)
カテゴリー:広告カメラマン
菱川 陽亮さんは、BNI NextNeo(大阪北西)で広告カメラマンとして活動中。2022年のBNIビデオコンテストでは、最優秀賞に輝いた。カメラマンとしての歴は30年以上、BNIの活動も10年以上続けている。人物や商品といったスポットではなく、人物から商品、建物など、一貫して撮影できるのが菱川さんの最大の強みである。今回は、そんな菱川さんの今後の目標、これまでの経歴について語ってもらった。
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【Be Excellent! を掲げるBNI大阪北西】
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ビジネスネットワーキングは、まさにマラソンのようなもので、決して短距離走ではありません。私はこれまで、全力疾走でネットワークづくりに奮闘し、「超活動的なネットワーキング」を実践してきた多くの人に出会ってきました。彼らは、どこにでも現れ、誰とでも会い、わき目もふらず走り回ることで燃え尽きてしまい、当然ながら「崩壊」し、努力が報われることはありません。
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創業手帳株式会社 代表取締役社長「大久保 幸世(おおくぼ こうせい)」さんと大野真徳ナショナルディレクターが対談を行った。
創業し始めの企業の様々な悩みを解決する大久保さんの仕事は、これから企業を拡大していきたいと思う経営者にとって、大きなヒントとなるだろう。以下では、3つのテーマに分けて解説していく。
【創業手帳株式会社 代表取締役社長 大久保 幸世さんプロフィール】
大手ITベンチャー役員としての勤務時代、多くの起業家をサポートするなかで「創業後に困る内容が共通している」と気づき、会社のガイドブック「創業手帳」を考案。
印刷版は累計200万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え”起業コンシェルジュ”創業手帳アプリの開発や起業無料相談、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。
大野真徳(以下:大野):創業手帳とはどんなものですか?
大久保 幸世(以下:大久保):創業手帳は「起業して何をやるかわからない」とか「税金を支払うタイミング」など、そういった情報を集めている内容で、会社の母子手帳とも呼ばれています。2014年に作り、無料でお渡ししています。
大野:創業手帳を始めたきっかけについて教えてください
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文=名城政也
佐々浪 学さん
BNI ハンドレッド
(奈良市京都南)
カテゴリー:食品製造加工
飲食店向けの食品製造加工。ホテル旅館へは修学旅行等の弁当提供など、売上UP、人手不足のお悩みを解決している。17歳で飲食道へ入門、24歳で1店舗目オープン、これまで約20店舗の出店を経験。35歳で事業の多角化を行い、現在は3か国・9社の運営に携わる。経営理念は「いきるをつくる」、存在価値は「ストレスを笑顔に変えるお手伝い」。
2022年4〜6月の3カ月間、BNIジャパンは『マスターコネクターキャンペーン』を開催。趣旨は「より多くのビジターをBNIに招待し、BNIを知ってもらうこと」であり、期間中に25名以上のビジターを招待したメンバーには、マスターコネクターピンバッジが贈呈される。
2カ月目の5月単月で25名を招待して1位に、そして3ヵ月通算のビジター招待数が43名となり、見事『マスターコネクターキャンペーン2022』のトップに輝いたのは、BNI奈良市京都南の「ハンドレッド」に在籍の佐々浪学さんだ。4月末のリージョンフォーラムでキャンペーンを知り、「関西初のマスターコネクターを達成する」と決意。そしてわずか半月程で25名のビジターを招待し、3ヵ月の総合結果ではビジター数43名という記録を成し遂げた。ビジター招待のコツは「明確な自分の目標を立てること」と言う。
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文=国場みの
【リファーラルマーケティングを通じて日本の経済と子どもたちの未来に貢献したい!】
田渕祐輝さん
エグゼクティブディレクター
BNI大阪シティセントラル
田渕祐輝さんは、社労士の資格取得後、すぐに独立開業され、3年後の2010年にBNIと出会い、2012年に日本で3番目のリージョンとなるBNI大阪シティセントラルのエグゼクティブディレクター(以下、ED)に就任されました。「社会人経験ゼロの自分を、人として、経営者として育て、大きく成長させてくれたのはBNI」と語る田渕祐輝さんに、今後の目標や、EDとして大切にされていることなどを伺いました!
せっかくBNIに入っていただいたので、
ですので、
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文=国場みの
車のフロントガラスが、バックミラーよりも大きいのには理由があります。行先がはっきりと見えるようにしておくことが大切なので、そのため当然フロントガラスはバックミラーよりかなり大きくなっています。
誤解しないでいただきたいのは、自分の背後にあるものを知り、過去から学ぶことも大切だということです。でも、もしあなたがバックミラーしか見ていないとしたら、それはあなたが後ろ向きにしか進んでいないということ。人生に置き換えてみると、あなたは今を生きておらず、これから進む先に何があるのかも気づかないままの状態です。フロントガラスから見える景色は、これから起きうる全ての可能性を映すものなのです。
時に人生においては、少し後戻りすることも必要です。しかし、なるべく早く車を発車させ、意図した目的地へ向かう必要があります。その目的地に行くためには、地図やアプリを当然使いますよね。ゴールを設定し、そこに至るルートを確認します。時には、途中で渋滞や事故のために回り道をしなければならないこともあります(人生にも当てはまるお話ですね)。しかし、いずれの場合も自分がどこに行きたいか大まかに把握しておく必要があります。
私は、一生懸命に働き、時間に追われる生活を送り、いつも多忙を極めている人を知っていますが、人生の目標を決めていないことがあります(中には、ビジネスの目標すら決めていない人もいます)。私の目には、こうした多くの人たちが道を見失っているように映ります。なぜなら自分が最終的にどこに行き着きたいのかわかっていなければ、急いで進んでも、早く着くことはできないからです。
フロントガラスのワイパーも、人生を象徴するものです。悪天候のときには、視界をクリアにしておくためのものが必要ですが、ある時には、それ以上の助けが必要になることもあります。数年前になりますが、家族とカリフォルニア州ビッグ・ベア湖畔の別荘に車で向かっていた時、とても濃い霧に見舞われ、前方が全く見えない!という状況に陥ったことがあります。さらに悪いことに、山の上り坂で車を道路脇に停めるにも適当な場所を見つけることすらできなかったのです。そこで私は運転席側の窓を開け、顔を外に出して、アメリカ国内の高速道路では至るところで目にする白い小さなセラミックのレーンマークを注意深く見ながら車を前に進めました。(1950年代にエルバート・ボッツが発明して以降これらのレーンマークがボッツ・ドッツと呼ばれるようになりました)。私はボッツ・ドッツから離れないようゆっくりゆっくり運転し、その間、妻は対向車のヘッドライトが見えたら、私に危ないことを伝えられるように前を見てくれていました(幸いなことに対向車はありませんでしたが)。1マイルか2マイル進んだところで、ようやく霧が晴れ窓を閉めゆっくりとですが、普通に運転できるようになりました。
私にとってこの出来事が学びとなったのは、目指すところに行き着くまでには時として誰かのアシストが必要になるときがあるということです。行く方向がクリアに見えるよう手助けをしてくれるのが、人生のパートナーだったりビジネスパートナーだったり、あるいはメンターであるのかもしれません。重要なことは、私たちが目指すところに行き着くためには前に進み続けなければならないということです(もちろん、安全に)。
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北澤 嘉章さん
BNI 誉
(名古屋南)
カテゴリー:弁護士(相続)
令和2年に弁護士法人北澤総合法律事務所を設立、代表弁護士。愛知県弁護士会所属。相続業務を中心に、「町弁」として弁護活動に励んでいる。BNIチャプターでは、イベントコーディネーター、メンバーシップ委員を経て、現書記兼会計を務める。
2022年4〜6月の3カ月間、BNIジャパンでは『マスターコネクターキャンペーン』を実施している。このキャンペーンはBNIジャパン全体で「より多くのビジターをBNIに招待し、BNIを知ってもらうこと」にフォーカスする期間であり、昨年度は15,395名を超えるビジターをお招きした。
キャンペーン初月である4月の単月で1位に輝いたのは、BNI名古屋南の「誉」に在籍している北澤嘉章さんである。今期、書記兼会計も務めている。北澤さんがひと月で招待した人数はなんと15名、それも同日に全員を呼んだのだ。今回は「ひとりBOD(※)をしよう!」と決意し、成果を叩き出したのだが、その背景にはチャプターへの感謝と愛、そして誇りがあった。
※BOD:ビジネス・オープン・デイの略。多くのビジターを招待してBNIを知ってもらうことにフォーカスしたミーティングのこと。
北澤さんがBNIに加入したのは、弁護士として3年ほど経てからのことだった。実務経験をしっかり積んだタイミングで、次のフェーズとして人脈拡大を図る目的だったが、手にしたのはそれだけではなかった。
「BNIの経験はすべて勉強になっていまして、加入後にいろいろな価値観が変わったなと思います。異業種だからこそ別業界の知識も得られますし、弁護士業界と別業界の常識の差や、成功している人の考え方や行動を目の前で見られることも学びです。また、折に触れ、先輩方に人として、経営者として大切なことなどを教えていただけます。本当にBNIに参加してよかったと思っています」
書記兼会計の今期は特に、メインプレゼンターのティーアップに力を注ぎたいと、入念な準備を毎週行っている。そして、よりリーダーシップを発揮し、チャプターに貢献しようと、ビジター招待にも力を注いでいるのだ。
北澤さんにビジター招待のコツを聞いてみた。
「仲の良い人たちに声をかけました。私は協業関係の人でも、友達のような関係性をつくることを常に意識していまして、信頼関係がある人は快く参加してくれました。改めて思いましたが、日頃から信頼関係を構築してその人数を増やすことは大事ですね。参加してくれたすべての人が『北澤さんが言うんだったら』というスタンスで、中には別の予定を調整してくれた人もいました。
また、人脈の広い人に『友達も誘ってください』と声をかけると本当に誘ってくださるので、それもコツだと思います。もちろん、信頼関係がある前提ですが」
しかし、仲の良い人、友達だから声をかけにくい、ということもあるかもしれない。そのあたりを尋ねてみた。
「私の価値観ですが、利益があるから人とつき合う、という考えで人とつき合うのは嫌なんですね。それだったらつき合いたくないとすら思ってしまう。協業先であってもビジネスありきのつき合いではなく、お互い気が合うから、好きだからつき合う。つき合う時間の中で人柄、プロフェショナル性も理解できますので、お互い仕事が振れる関係性になっていきます。密な関係性を構築しているから、ストレートに『来て』と声をかけられます。
それと、『誉』は、仕事の専門性、人柄ともに信頼できる人が揃っていて、自信を持って紹介できますので、『誉』にビジター参加すると、質の高い人たちとつながることができます、と言えます。自分のチャプターを誇りに思っているからこそ、自信を持てる。これは大きいですね」
北澤さんが招待したビジターの中で、当日にメンバーと商談が成立したケースがあったという。
「車を売りたいビジターが、中古車販売メンバーのウィークリープレゼンを聞いてつながりたいとなりました。メンバーが迅速丁寧な対応をしてくれたので、その日に契約が成立。ビジターにもメンバーにも感謝されて、嬉しかったです。
こうしたことが起きるのがビジター参加の価値でもありますし、プロフェッショナルでGivers Gain®️の精神がある人が取引先だということも大きな価値だと思います」
BNIのコアバリューであり、世界中のBNIメンバーの合言葉にもなっている「Givers Gain®️」という共通認識があればこそのエピソードだ。
最後に今後の目標を伺った。
「あまりメンバーに伝えられていないのですが、私は誉チャプターがとても好きなので、ずっと関わっていきたいと思っています。少なくとも名古屋で一番メンバー数の多いチャプター、誰もが憧れる、メンバーの質が高いチャプターになるように関与していけたらと思っています」
文=国場みの
ジョン・ルーカスさん
BNI 杜の都
(仙台青葉)
カテゴリー:エンターテイメント
1979年、バハマ生まれのジャマイカ育ち。来日して20年以上。ジャマイカ観光親善大使、宮城県角田市PR大使、全国13会場のゴスペル教室講師兼ディレクター。「ゴスペル×ボイストレーニング×語学教室」という新しいスタイルの『ONLINE GOSPEL COLLEGE』を主宰。国内外の音楽イベント、自身のコンサートやライブなどシンガーとしても活躍。音楽と語学をかけ合わせた事業を展開中。
実は、公式テーマソングの母国語バージョンがあるのは、世界77カ国の中でも日本だけ。日本語バージョンの誕生がどれだけ異例のことか、おわかりいただけるだろうか。
「『Better Together』を日本語で、日本のメンバーに、日本の人たちに届けたい!」
というジョンさんの強い想いが周囲の人の心を動かし、現実となったのだが、物語のはじまりは3年前に遡る。そんなジョンさんのマイBNIストーリーをお聞きした。
BNIとの出会いは、大阪でミュージカルに出演する際に、共通の知り合いを通じて大阪のBNIメンバーを紹介してもらったところから始まる。弁護士業のメンバーはジョンさんの活動を応援してくれ、客席の1/3を埋め尽くすほどの人数を動員してくれるなど、折にふれジョンさんを気にかけてくれた。
想いを行動で示す実行力と影響力のすごさ、人間的な深さに感銘を受けたジョンさんは「貢献したい、仲間になりたい」と思い、大阪でBNIへの入会を決意する。
しかし、大きな外的変化が起きた。2020年から大々的に始まったコロナ禍。状況を鑑み、本拠地である仙台に帰省することにし、入会も断念することとなった。
一旦はBNIへの道が断ち切られたが、諦めてはいなかった。月日は経ち2021年、仙台でBNI立ち上げの知らせを受ける。発起人であるBNI仙台青葉の中村優紀ディレクターコンサルタント(以下、DC)を紹介され、話をすることになった。中村DCの想いに共感したジョンさんは、「中村さんが立ち上げるBNIに参加したい!」と、立ち上げ中のチャプター「杜の都」に参画、2021年12月に発足を果たした。ところが、ひとつの不安を抱えていた。
「BNIの中にあるビジネスに対して、ミュージシャンとしての私は、一体、どのような貢献ができるのだろうか。私はここにいていいのだろうか、と悩みました」
そんな気持ちを払拭する出来事が起きた。2022年1月開催の『ナショナルネットワーキングデー』に参加した際に2022年公式テーマソングを初めて聴き、そのシンガーがアメリカのBNIメンバーであることを知る。
「楽曲、メッセージそのものにとても感動しましたし、こういう貢献の仕方があるんだ! と驚きました。このメッセージを日本語で、日本のメンバーに、日本のみなさんに私の歌声で届けたい! と強く思いました」
この想いを早速、中村DCに打ち明ける。すると翌日、中村DCがBNIジャパンの大野ナショナルディレクターに提案し、4月開催の『ナショナルカンファレンス』までに作ろうという話に展開した。
ジョンさんの想いに共感したスペシャリストが次々に結集。どの人も、ジョンさんが信頼を置いている専門家ばかりだ。タイトスケジュールの中、誰もが最高のパフォーマンスで取り組み、作品が完成されていく。そんな中、とりわけ苦心したのは日本語訳である。
「長く日本に住んでいますが、日本語の繊細なニュアンスを日本人同様には表現できません。そこで、専門家の方にご協力をいただき、その方と何度も歌詞を練り直しました。それこそ10パターンもあります」
こうして誕生したのが、冒頭で紹介した2022年4月19日にYouTubeで公開されたミュージックビデオだ。
ここまででも素敵なエピソードだが、この物語はここで終わらない。
YouTubeで公開すると、すぐにアメリカ在住の音楽仲間であるTIPPINGさんからメッセージが届いた。ジョンさんはTIPPINGさんと東日本大震災の際に、日本を元気にするためにチャリティコンサートを開催した同志ともいえる仲間でもあった。
「彼から『僕が作曲したんだよ』とメッセージが飛んできて、『えっ!! えっ!!』と驚きすぎて、すぐには言葉の意味を理解できませんでした」
なんとTIPPINGさんも、アメリカでBNIメンバーとして活躍していたのだ。偶然という言葉では片付けられない運命を感じる縁にジョンさんは深い感動を覚えた。
インタビューも終盤になり、ジョンさんは“ぜひとも伝えたい想い”を語り始めた。
「『Better Together』のメッセージは普遍的ですが、今だからこそ届けたいメッセージです。『困難なときをともに乗り越え、新しい未来を築いていく』。このメッセージをBNIメンバーだけでなく、多くの日本の方々に届けたいと心から願っています。
来日以来、私は完全に日本にfall in loveしました。ここが私の居場所だと思っています。だから、海外との架け橋として日本にどんどん貢献していきたいし、歌や20年来の英語指導などの自分のスキルをBNIにすべてgiveしていきたいです」
日本語バージョンを聴いた方はもう一度、まだの方はぜひ一度、聴いて、大切な人にシェアしてほしい。BNIがテーマにしている根幹に、人と人との関係の本質に触れられるだろう。ジョンさんはじめ、多くの人たちの熱い想いに触れられるはずだ。
文=国場みの
【地域から感謝される組織を後世に残せるという魅力】
坪井達也さん
エグゼクティブディレクター
BNI三重
BNI三重のエグゼクティブディレクター(以下、ED)坪井達也さんは、現役メンバー* 兼 EDという全国でもあまり例のないスタイルで活動している。
2009年3月、現在もチャプターメンバーである「金シャチBNI」を名古屋で立ち上げ、同年9月にディレクターに就任。2010年、BNI名古屋のエリアディレクターに就任し、翌2011年には三重県でフランチャイズをスタート。BNIと出会って15年目*の坪井さんにいろいろなお話を伺った。
(* 2022年5月現在)
2009年に金シャチを立ち上げたとき、まだフランチャイズ制度が始まっていなかったと思います。2010年にフランチャイズ制度を知り、私は三重県津市に住んでいまして、三重県にBNIがあったほうが事業者は助かると思ったのと、新たな自分のビジネスにもできるかなと思ったのでスタートしました。
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BNIは2022年5月現在、世界で1万以上のチャプターが活動している。日本だけでも約300のチャプターがある。
しかし、アイヴァン・マイズナー博士がBNIを始めた当初は、20チャプターほどしかなかったという。では「どのようにBNIをここまで成長させたのか」について、アイヴァン・マイズナー博士のブログから紹介していこう。
今回の内容は「アイヴァン・マイズナー博士の軌跡」を知るためのものではない。アイヴァン・マイズナー博士のストーリーから「BNIをどのように活用できるのか」ひいては「どのようにビジネスを拡大していけるのか」を考えるきっかけやヒントにすることが目的である。
――――――――――
1975年の大ヒット映画「ジョーズ」で、アメリカ北東部の小さな避暑地で警察署長を務めるマーティン・ブロディが初めて間近でそのホホジロザメを見たときに、映画史に残る名セリフのひとつを口にしました。サメを見るやいなや、彼はゆっくりと操舵室に後ずさりし、クイント船長に向かって言うのです。「もっと大きな船が必要だ」と。
これは、典型的な「ブロディ・モーメント」です。つまり現在持っているリソースは、求めている結果を得るために、もはや通用しないものであることを、ショックではあるがはっきりとわかる瞬間のこと。
私のブロディ・モーメントが、どのように起きたかをお話したいと思いますが、もっとも重要なことは私の話を読みながら、「あなた自身」のブロディ・モーメントについて考えてみることです。自分のブロディ・モーメントを理解することは、自らのモチベーションについて考え、起業を成功させるために役立ちますから。
私のブロディ・モーメントは、1985年の終わりに、計画していたわけでもなく、特に頑張ろうとしたわけでもなく、はからずもBNI?で20のチャプターを立ち上げたときに訪れました。“ビジネスコミュニティ”というものにピンときたのです。
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文=名城政也
2022年4月11日「BNIナショナルカンファレンス」がオンラインにて開催された。2020年からオンラインとなり、今回は3度目のオンライン開催となる。今やBNIの定例会やトレーニングにおいてもオンラインが主流となっているおり、BNIは常に変化しながら前進している。
今年のナショナルカンファレンスでは、大野ナショナルディレクターの講演にアイヴァン・マイズナー博士の講演、ビデオコンテストの優秀賞発表などが行われた。新型コロナウイルスの影響を乗り越え、さらに進化したBNI。今回も参加者にとって学びの多い時間になったのではないだろうか。
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文=名城政也
2022年4月11日にオンライン開催された『BNIナショナルカンファレンス 特別セッション』では、激動の時代においてどのように中小企業が生き抜き、社会貢献していくのか、をテーマに3名のパネリストによるディスカッションが行われた。
パネリスト1人目は、青木仁志氏。アチーブメント株式会社代表取締役会長兼社長、アチーブメントグループCEO。
2人目は、野並晃氏。株式会社崎陽軒専務取締役、公益社団法人日本青年会議所2021年会頭。
3人目は、大野真徳。BNIジャパン代表。
示唆に富んだ1時間のディスカッションをダイジェスト版としてレポート。
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文=国場みの