富本千智さん
BNI ナインダーツ
(大阪高槻河北東)
BNIビデオコンテストで優秀作品に選ばれたとき、富本さんの心の中で叫んだ言葉は「ありがとう」、そして「自分の所属している大阪高槻河北東リージョンが有名になるといいな」、そして「高須英治エグゼクティブディレクターに恩返しができた」だった。
「認められない」から「負けない」への道のり
彼女は小さい頃から自分を認めることはなかった。何かで賞を取って賞状を持って帰って見せても親は喜んでくれない。いつしか賞状も見せなくなり、もっと上がある、と自分に言い聞かせ続けていた。
「ずっとスポ根のような、這い上がってやる的な生き方をしていたと思います」
青森県から大阪の調理学校に進み、就職した先は昼出社、翌朝退社の過酷な現場だった。いったん料理の世界から離れようと百貨店で働いていたが、先輩から誘われてリゾートホテルでのバイトを始めることになる。職場だった長野県の高原リゾートホテルで開催していたのは、宿泊者向けのカメラ教室。彼女は宿泊者に帯同する役割を担っていたが、そのときに宿泊客から熱弁を振るわれることになる。「何か写真が楽しそう」と、自分も一眼レフを購入し、休憩の合間に撮影を楽しむようになった。 自身でも予期せぬ展開で、富本さんはカメラの世界へ足を踏み入れることになったのだ。
度肝を抜かれた事業者たちの朝活
大阪に帰ると真っ先に検索サイトで「大阪 カメラ 未経験」と打ち込んだ。ヒットした写真スタジオで働き始めたのが22歳のときだった。26歳で結婚、同時にマタニティ専門の写真スタジオを経営し、そして出産。娘が3歳のとき、30歳でBNIナインダーツチャプターに入会する。
「実は説明されたんですがよく覚えていなくて、BNIってここにしかないものだと思っていたんですよ(笑)」。
現場でよく一緒になる動画カメラマンから唐突に「つながりたい人はいる?」と質問されたのがきっかけだった。ヘアメイクアーティストや税理士を紹介してもらうこととなる。
「最初はいきなり何なんだ? って思いましたが、紹介もしてくださるし、何ていい人なんだろう、って純粋に思っていました(笑)」。そしてビジターとして参加したミーティングに度肝を抜かれた。暗転すると動画が流れ、ピンスポットでプレジデントが説明をする、そして全員カンペなしでプレゼンテーション。
「演出もプレゼンも素晴らしくて、できる事業者は違う、ここにいたら自分も成長できる、と入会を決めたんです」。
活用ではなく活動でしかなかった
入会はしたものの、緊張癖があってプレゼンを失敗しては一人車の中で落ち込むような日々が続く。
「それに自分がカメラマンとしてできているかどうかもわからない、という悩みもあったんです」
本来ならばスポ根で這い上がるような性格も、経営の浮き沈み、さらには娘のことなど、背負うものが多くなっていった彼女は悲観的になっていた。そんな頃に訪れたのが、半年ごとに交代する、チャプターを運営する側に立つ役職。ちょうどメンバーも減少しており、何をしても好転しない時が過ぎていた。
「もはやBNIが活用ではなく単なる活動になっていた時期でした」
役職が終わる頃に写真スタジオを閉鎖、ブライダル撮影の会社に面接にも行った。そのとき言われたのが「うち以外で受注する仕事は受けないで」。それはBNIも辞めなければいけないという意味と同義。そこで、高須英治エグゼクティブディレクターに相談を持ちかけた。
認める、褒めることの大切さを知る
「あなたの行動を見ていると、自分で攻めていくほうが合っていると思う」。高須エグゼクティブディレクターから出てきた言葉は負けん気が強い彼女の核心を突いたものだった。
「私は私以外を信用せず、自分の価値観で判断して、全部自分でやってきた。振り返ってそう思いました。BNIを活用することもなく、ただただ活動の一部としてしか捉えていなかったんです。だからこれからはもっと活用をしていこうと考えるようになりました」。
心機一転、会社の面接も断り、リファーラルの提供や1to1の実践など、BNIのプログラムを愚直に行なうこととした。そうすると習慣になり、結果が生まれ、それが自信につながり、ビジネスの紹介も生まれるようになっていった。
「BNIは相手を承認することを大事にしています。そのことを強く認識したのはこの時期からでした。落ち込んでいたときも、悲観的になっていたときも、檄を飛ばしてくれたのはメンバー。いつも認めてくれていたんだと思いました。認める、褒めるって大事だと思います。娘も褒めれば宿題をしてくれますし(笑)。今では『美容師になってBNIに入る』とまで言ってくれています」その言葉は、彼女の周りには仕事もプライベートも支えてくれたメンバーがいるという証拠。BNIを活用していきいきと働く母の姿に憧れているという証拠。これ以上の賛辞はないだろう。
コロナ禍のカメラマンのためにできること
そして今、富本さんはパンデミックで大変なカメラマンのために動き始めている。仕事を派遣する事業を開始し、独立したばかりのカメラマンには教育を行っていく。
「カメラマンが辞めなくてもいい環境を作っていくことが今後の目標です」
