BNI 奈良市京都南
吉田淳一さん
1977年宇治市生まれ。京都造形芸術大学卒業後、グラフィックデザインの会社に勤める傍らアーティスト・和太鼓奏者という顔を持ち活動。26歳で『JY DESIGN』を起業し、2014年にBNI新撰組チャプター入会。BNI京都セントラルリージョンにてアンバサダー、ディレクターを務める
ビジネスマンとアーティスト、そしてパフォーマーのトリプルフェイス
現在、奈良県に一つBNI DEERチャプターが存在していますが、リージョンとしてより多くのメンバーでビジネス拡大をしていこうと、「BNI奈良市・京都南リージョン」での立ち上げを開始しました。その重責を担っているのが吉田淳一さんです。グラフィックデザイナーとしてビジネスを行ない、そのカテゴリーでBNI新撰組チャプターに所属し、ディレクターも務めていましたが、吉田さんにはもう2つの顔がありました。造形アーティスト、そして和太鼓奏者という顔が。
パッケージデザインの会社でサラリーマンをしながらも、造形アーティスト活動を続けていた頃に大手芸能事務所から契約の話が。25歳だった当時は夢を追いかけ東京へ。しかし、東京の魅力に惹かれて昼夜逆転の生活になり、アーティスト活動もままならず、「自分は何がしたかったのだろう」と悩む日々。ちょうどその頃に一本の電話が。前職の会社から仕事の依頼だったのです。「そのとき、朝10時に集合と聞いたとき、『朝早いなぁ』と思ったくらい、生活リズムは崩れていました」。この打ち合わせでパンフレットの仕事をもらったとき、初めて気づきました。「あぁ、こういうきっちりと仕事をするほうが自分の性に合っている、と」。アーティスト活動は1年で終了、京都に戻りグラフィックデザイナーとして独立します。
もう一つ、大学時代から続けていたのが和太鼓でした。都合20年続けており、プロにも通じる腕前だったそうです。しかしデザイナーと和太鼓奏者、二足のわらじで生活している自分がどっちつかずになっている、ということに直面します。本気でどちらの道を進むか悩んだとき、自分の心に問いました。「今、自分がやりたいのは企業として成長することだと思ったんです」。そしてデザイナーとして一直線に進みます。そう思わせたのもBNIでの活動があるのかもしれません。
何も知らずに入会した後にわかったベネフィット
2014年にBNI新撰組チャプターに入会しますが、そのときは、たまたま自身のビジネスカテゴリーが空いていたからという理由で、メリットやベネフィットをさほど感じていなかったそうです。しかし2年後にはプレジデントの役を引き受けることに。このときBNIに参加する意義を感じたそうです。「メンバーが喜ぶことをする。これはお金では買えないものだと気付きました」。入会してからの6年間を振り返ってみると、自身のビジネスの約50%がメンバーからのリファーラルだったこともわかり、いつしか吉田さんにとってBNIは欠かせないものとなっていました。
新型コロナウイルスがさせた大きな決断
2020年は非常に変化を求められる年であり、吉田さんにとっても大きな決断をする年でもありました。チャプターミーティングはすべてオンラインに切り替わりましたが、それになじめない人が続出したのです。自身は成長していきたいと思っていたけれど、ネガティブに捉えてしまう状況にこのままでいいのだろうか、という不安がよぎりました。ちょうどそのときに「リージョンを立ち上げてみないか?」というオファーが来たのです。既にリージョン内ではディレクターも務めており、このタイミングならば、と思ったものの、リージョンを立ち上げるためには144人のメンバーを揃えなければいけません。「妻に相談をしたんですが、『144人ならいけるでしょ?』とあっさりと言われ、それならばとリージョン設立に名乗りを上げました」。
誰かのストーリーに残るメンバーを作る
奥様の想像通り、2020年2月からスタートして3月現在ですでに30人が新しいメンバーとして名乗りを上げてくれています。「既にあるDEERチャプターも奈良市・京都南リージョンに入りますし、DEERチャプターのメンバーが立ち上げに協力してくれることにとても感謝しています。それに『吉田さんがやるなら協力します』と言ってくれる方が多くて、本当に嬉しい限りです」。これまでの6年間、チャプター内、リージョン内で信用と信頼を積み上げてきた結果が今ここに出ているといっても過言ではありません。吉田さんが毎週のプレゼンテーションで行なってきたこと。それはわかりやすいように毎週パネルを製作してプレゼンテーションに使ってきたほか、感謝の気持ちをいつも言葉にしてきたこと。「自分の人生を振り返ると、影響を与えてくれた人は何人もいますが、その上位に位置するのはみんなBNIの方たちでした。自分も多くの人に影響を与え、記憶に残る人になり、後世に続くメンバーも次の世代に影響を与え、記憶に残る人物になるように、メンバーそれぞれがそれぞれのストーリーに残るようなチームを作っていきたいと思います。ディレクターは数字がはっきり見える仕事です。だからちゃんとビジョンを掲げ、5年目にはリージョン全体で500人となるように日々誰かのための行動を続けています」。

※2020年3月以前に撮影された写真です。