助け合う精神でコロナ禍でも過去最高売り上げに

2021/04/08

菅 在根さん
BNI サンシャイン
(東京新宿)
カテゴリー:飲食サービス(
肉料理)

1979年東京都生まれ。高校を卒業後アルバイト先の人材派遣会社で派遣社員として働いたのち、その会社で正社員となって人材派遣業を学ぶ。26歳で独立して「株式会社ファクト」を設立。人材派遣業も営む傍ら、焼き肉店『李苑』をオープン。2013年にBNIサンシャインチャプターに入会。

実家の焼き肉店を再興したいという願い

昨年から続く新型コロナウイルスの影響で、飲食店によるテイクアウト事業は今や当たり前のビジネススタイルへと変化した。その流れをいち早くくみ取り取り組んだのが、BNIサンシャインチャプターの菅在根さん。2020年の自粛期間中に通販とテイクアウト事業をすぐに始めたところ、過去最高の売り上げとなったという。その背景にあったのは紛れもなくBNIメンバーの助けがあった。

菅さんは高校時代からバンド活動を始め、卒業後もメジャーデビューを目指してたが、ハードコア系というメジャーになりにくいジャンルだったため、22歳で脱退することを決意。実は、菅さんには秘かな夢があった。それは、高校生の頃まで実家が営んでいた焼き肉店を再興すること。その夢のためにはお金を貯めることが必須だった。バンド活動時代にバイトをしていた人材派遣会社で、24歳のときに正社員として雇用されたが、26歳のときにその会社が本社とたもとを分かち、分社化という状況に。このタイミングを見計らい、これまでの営業先を受け持ちつつ、分社化した会社を外部からサポートする形で独立を果たすこととなった。独立をしたのも、焼き肉店の再興という夢を持ち続けていたから。「サラリーマンではやりたいことができませんから」。そして5年後、とうとう再興への道筋が見えてきたのだ。

しかし、その年に起きたのは東日本大震災。世界が沈痛な面持ちになり、一旦休止せざるを得ない状況に。それでもいつでも始められるよう準備は進め、その1年後、32歳のときに実家の味を受け継いだ焼き肉店『李苑』を開店。母からノウハウを聞き、昔の味が復活したのだ。

マーケティングと集客をBNIで学ぶ

ただ、味は復活しても集客のノウハウはほぼなく、さまざまな広告を打っても響かない。考えあぐねること1年、菅さんはそこでBNIに出会うことになる。「経営者仲間も入会していましたし、一度ビジターで参加もして面白そうだとは思いましたが、朝が早いのが……」。飲食店は夜が遅い分、早朝の活動に二の足を踏んでしまう。それでも2回目に参加した際、入会を決めた。「最初に見学したチャプターの印象を持ってサンシャインチャプターに参加したら、まったくイメージが違っていたんです。明るいし躍動感があるし、パワーがみなぎっていました。それに同じ日にビジターで焼き肉店の方が別にいらっしゃって、ここで入らなければ損をする、と入会を決めました」。

実際、この決断が良い方向に転がっていった。メンバーも焼き肉店というカテゴリーは紹介しやすく、メンバーからの紹介はかなりの集客になったのだ。「マスメディア広告よりもコストパフォーマンスがいいですし、メンバーからの紹介ですから優良なお客様にいらっしゃっていただけました」。翌年には2店舗目、翌々年に3店舗目と、次々に店舗を拡大し、最大9店舗を構え約60人のスタッフを抱えるまでに成長を遂げていった。

しかし、急激な拡大にほころびも見え始めてきた。そこで不採算店舗はすべて売却、3店舗だけを残して「やり直そう」と再スタートを決める。それが、2020年1月の話。「今思えば運が良かった、と言えるかもしれません」。

BNIが支えてくれた過去最高の売り上げ

その直後、新型コロナウイルスで自粛の嵐。予約もイートインもない店舗を一旦閉め、1カ月間ビジネスを考えつくした。ここでひらめいたのがテイクアウトと通販だったのだ。実は拡大時に弁当屋も始めており、テイクアウトのノウハウを持っていたこと、通販事業も残したままでいたことが結果的にピンチの時のチャンスとなったのだ。「おうちで李苑」と銘打ち、通販事業をスタートさせたところ、BNIメンバーが率先して購入をしてくれた。そこから派生した売上もあり、最高売り上げを記録、今もなお売れ続けているという。テイクアウト事業も、店舗が単身者の多い新宿にあることと、焼肉と弁当の相性の良さから好評を博していった。

「この状況で一番助けてくれたのはBNIメンバーでした。これだけ支援してくれたのだから、今度は支援する側として、今テイクアウト事業で悩んでいらっしゃる方々に、成功の秘訣を惜しみなく伝えていこうと思っています。困っているときに本気で助けてくれる仲間がそばにいることの大事さを強く感じました」。危機的状況の中、どうビジネスを変化させるか。菅さんもイートインにこだわっていたらここまでの成果を得ることはできなかった。そのヒントをくれたのも、違う視点を持つ異業種の集まりであるBNIメンバーの声があったからに他ならないのである。