4名から300名のグループ企業に成長した秘訣はただ一つ、「与える者は与えられる」

2021/05/31

佐藤達樹さん
BNI Millenio

(東京N.E.)
カテゴリー:訪問看護

1983年福島県いわき市生まれ。高校を卒業後は接着剤メーカーに営業職として入社、その後葬儀社に転職し、10年後『株式会社はな』を設立。2015年BNI Millenioチャプターに入会。

人間力を学べる営業職からキャリアがスタート

現在スタッフ300名、20の業態と33の事業所を構える、訪問看護の佐藤達樹さん。これはたった6年で、BNIを活用して4人のスタッフからこの規模まで事業が拡大したストーリー。

佐藤さんは根っからの営業マン。「できる営業は何でも売れます。昔、本で読んだ中に『最強の営業マンはアメリカ大統領』というのがあって、確かに1年をかけてアメリカ全土に売り込んでいくのは営業マンとして究極だな、って。そういった、営業職を通じての人間力を学びたいと思ったんです」。そこで、接着剤メーカーで営業職として2年を過ごした後、葬儀社に勤めることに。「妻の祖母の葬儀に参列した際、こういうのも変ですが葬儀社の方々が生き生きとして仕事をされていまして」。メーカー営業の時代からいずれ独立を、と考えていた佐藤さん、これから進む高齢化社会を見据えたときに事業展開の規模も鑑みると葬儀社に将来性を感じ、転職を果たす。「葬儀とはお金がかかるものです。しかしお客さまが納得すれば高いと思わず、その価値を感じてくれるのです」。事実、営業成績はずば抜けて高く、10年後には副社長にも上り詰めていく。しかし佐藤さんの独立の意思は強く、2015年4月に4人のスタッフで『株式会社はな』を立ち上げることになる。

BNIの仕組みを会社運営に活用

その頃であったのがBNIだった。2日前に出会った人から突然、チャプター発足の招待状が届いたのだ。ビジターとして参加し、そのまま入会する。「葬儀社は紹介が多いよ、と言われて入会したのですが、来なかったですね。これは紹介がないのを人のせいにしていたからだと思います」。

既に葬儀社のスタッフは15名になっており、葬儀以外の関連する事業もスタートしていた。その一つが訪問看護。当時は看護師の確保が難しく、苦戦していたのだ。「葬儀事業はうまくいっているでしょ? BNIは苦戦している事業を伸ばすためのものだよ」メンバーからそう言われたのがきっかけで、2年目からはカテゴリーを葬儀から訪問介護に変更することとなった。

3年目。スタッフは40名になり、佐藤さんのBNIに対するマインドも大きく変化していた。いわゆる“ギバー”のマインドで接するようになっていたのだ。「先にギブする(与える)のが大事だということです。それは自分の仕事のスタンスにもなっていきました」。実際にBNIの仕組みを会社運営に取り入れることで、社内の採用もリファーラル(紹介)採用が9割に達したという。佐藤さんの会社は事業を多角的に行っており、社内リファーラル推進も掲げたことで、相乗効果も生まれていった。看護職の離職率は一般的に50%とされている中、佐藤さんの会社は何と3%という驚異の数字。「皆さんは、会社の良いところも悪いところも全部理解した上で入社してくださっています。それに、この会社は学ぶことができる場所、という認識を持ってもらっています。社員の定着は給料だけではなく、成長できる場、誰かの役に立てるという実感を持つことができる場、という点も大きいのではないでしょうか」。

人の成長の根底にあるのはBNIのマインド

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