宮坂 拓海(みやさか たくみ)
BNI ETOILE(東京N.E.)
カテゴリー:動画マーケター
宮坂拓海さんは、現在27歳の若手経営者だ。しかし、その経歴は決して平坦なものではなかった。高校1年で父親を亡くし、シングル家庭で育った経験から福祉の道を志し、介護士として働いた後、映像の力で福祉業界のネガティブなイメージを変えたいという想いから起業した。「人の想いと社会を繋ぐ架け橋になる」それが彼の理念だ。
今回は、ビデオコンテスト2025で見事2位(受賞動画はこちら)に輝いた宮坂さんへ、仕事、BNI、人生の情熱について伺った。
想いがなければ、人には届かない。想いがあるからこそ、形にしようと動け出せる。
宮坂さんの事業は、介護士としての現場経験から生まれた強い使命感に根ざしている。福祉学部で学んだ知識を実践に活かすため介護士として働く中で、業界全体の課題を痛感した。「介護業界のネガティブを変えたい」という想いが、映像制作への転換点となった。
当初は先輩の映像会社に参加していたが、やがて福祉に特化した事業展開の可能性を見出した。「情報発信が行き届いていないマイノリティ業界を、世界とつなぐ」ことを目的に、現在の会社を設立。「人の想いと社会を繋ぐ架け橋になる」という経営理念を掲げている。
宮坂さんの映像制作は、一般的な制作会社とは一線を画している。「せっかく自分の会社だから、自分の好きなことをやりたい」という信念のもと、会議の動画やセミナー、YouTubeなどは敢えて手がけない。重視するのは「映る側の熱量があるかどうか」だ。「動画はあくまで手段」と割り切る宮坂さんは、映像技術よりもベースとなる企画の質を重視している。
宮坂さんの最大の差別化ポイントは、自身を「動画クリエイター」ではなく「動画マーケター」と位置づけていることだ。顧客から「動画を作りたい」という相談されても、その状況で映像を制作しても効果が期待できない場合は、きっぱりと断る。「使いこなせない状況で制作してもお金の無駄になる」という考えから、まずは準備を整えてもらうことを優先している。
「動画を活用して売上を上げる手法が取れるのが強み」と語る宮坂さんのアプローチは、まさに「動画を活用した集客コンサルタント」とも言える。映像制作技術よりもマーケティング戦略に長けているからこそ、BNIビデオコンテストでも3年連続入賞という成果を上げることができている。「マーケティングができれば入賞できる」という言葉には、技術よりも戦略を重視する彼ならではの視点が表れている。
知識、経験の浅い自分には、学ぶ環境が必要だった。
宮坂さんのBNI入会は、大学時代の先輩との関係から始まった。大学生だった宮坂さんは、先輩と立ち上げた映像制作会社の社員として、BNIへの参加を検討することになる。さらに、独立を機に自身の会社としてBNI活動を始める。
初めてBNIに触れた時の印象について、宮坂さんは「元々野球部だったので、熱量や勢いがすごく感じられた。ビジネスってこういう場で生まれていくんだと実感した」と振り返る。
同級生を連れて行った際、9割が「俺にはこういうのは合わない」と言う中、宮坂さんには全く違和感がなかったという。その理由について、宮坂さんは興味深い視点を示した。「自分が最底辺になれる場所が大事だと思っていた。調子に乗らないように、学べる環境が必要だった」という。知識がない状態から学び続けられる環境を求めていた宮坂さんにとって、BNIはまさに理想的な学習の場だったのだ。
起業当初からBNI一筋でビジネスを展開してきた宮坂さんは、「BNI以外のお客さんはいない。他のマーケティング施策もやっていない」と断言する。様々な手法を試すのではなく、BNIに集中することで「一番効率が良い」結果を得られているという確信が、継続的な活動の原動力となっている。
感謝の形としてできることが動画制作。ビデオコンテストはその一つ。
宮坂さんのビデオコンテストへのアプローチは独特だ。自分が主役として出演するのではなく、「面白いと思った人を撮る」ことに徹している。この姿勢の背景には、BNIのGivers Gain®の精神に基づく深い想いがある。
「自分の周りで想いがある人でも、きっかけがなければ全国に名前が届かない」このやりきれない想いに対して、ビデオコンテストなら、そんな人たちの名前を全国に知らしめることができる。自分がお世話になった人への恩返しとして、良い映像で彼らの名前を広められると考えているのだ。
この考え方は、宮坂さん自身の経験から生まれている。新入会の頃、リファーラルを沢山もらい、お返しできる人脈もなく、申し訳ない思いをしていた。その時に「貢献はリファーラルだけじゃない。その人なりにできることがある」と言われ、自分でできることで貢献することを決めたのだ。
満たされることは理想じゃない。学び続けたいから、ハングリーでいさせてほしい。
宮坂さんの成長の原動力は、常に「空腹感」を求め続ける姿勢にある。昨年のビデオコンテストで2位という結果を「救われた」と表現する宮坂さんの価値観は、一般的な成功への考え方とは大きく異なる。
「1位を取る気満々だった」という意気込みで臨んだコンテストで2位という結果に、宮坂さんは涙を流すほど悔しがった。しかし、時間が経つにつれて、この結果に感謝するようになる。「1位になってしまったら面白くない。2位だったおかげで、リベンジしたい気持ちになれた」という言葉からは、常に上を目指し続ける姿勢が伺える。
さらに「まだ上がいる」という気づきは、宮坂さんの学習意欲を駆り立てる。宮坂さん自身は「すごいですね」と言われる環境を望んでいないと語る。これは、称賛よりも挑戦を求める姿勢だからである。
この考え方は、BNI活動の姿勢も変えた。メンバーとして三役も経験した宮坂さんは、一時的に「やりきった」感覚になってしまったという。そんな時にDNAの提案を受け、さらに挑戦できる環境として現在はアンバサダーも務めている。
宮坂さんのハングリー精神は、単なる負けず嫌いを超えた、成長への本質的な欲求だ。満足や称賛よりも挑戦と学びを求め続ける姿勢こそが、確固たる実績を築いた原動力となっているのだろう。
経験は福祉業界のためのステップ。やはり、福祉で人を救いたい。
宮坂さんの今後の目標は、これまでのキャリアの原点に立ち返ることだ。現在、社会福祉士の国家試験に向けて受験勉強に取り組んでおり、資格取得後は社会福祉士として開業することを計画している。「それができたら、僕がやりたいことが全部できる」と語る宮坂さんは、「福祉とビジネスをかけ合わせたポジション」の確立を目指している。
この目標の背景には、深い個人的な体験がある。高校1年で父親を亡くし、シングル家庭で中学2年の弟と5歳の妹を抱えることになった宮坂さん。特に、父親の死後に妹の髪の毛が抜けてしまったことが、福祉の道を志すきっかけとなった。「兄ちゃんが治したる」という思いで心理士を目指して大学に進学。妹の髪の毛は数カ月で生えてきたものの、心理学から福祉学への転入を経て、相談援助のスキルを身につけた。この経験は、現在のインタビュー技術にも活かされているという。
宮坂さんが描く理想のBNIメンバー像も明確だ。「福祉業界の課題を解決できる人たち」と「素直に頑張れる若手」を求めている。「斜に構えた人ではなく、大学時代の僕みたいな人に入ってほしい」という言葉からは、謙虚な学習姿勢を重視する姿勢が伺える。
福祉への想いを軸に、映像というツール、そしてBNIという学びの場を組み合わせた宮坂さんの挑戦は、まだ始まったばかりだ。
文=名城政也